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7月24日の記事でこんなことを書かせていただいた。
「ミュンヘンではリヒターが、ハイルスブロンとプフォルツハイムでフリッツ・ヴェルナーが、そしてシュトゥッツガルトではハンス・グリシュカトが、東西分裂後の西ドイツで、東のライプツィヒとは別の新しいバッハ演奏を目指していたのである。」
事実その通りなのだが、リヒターとヴェルナーがレコード/CD市場でもその生命力を保っているのと比較して、2020年の今、ハンス・グリシュカト(1903-1977)の名は余程のバッハ好きでなければ耳にすることはないだだろうし、CDの復刻はもちろん、そのLPですら日本の中古レコード屋さんで目にすることは稀である(海外のディーラーのオンライン・ショップではそれなりに見かけるが)。おそらくそれは、リヒターはARCHIVが、ヴェルナーはERATOがメジャー・レーベルとして総力を挙げて教会カンタータのシリーズ化を進めていたのに対し、グリシュカトの録音はアメリカやドイツのマイナー・レーベルばかりであることと無関係ではないだろう。それがこうしたマイナー・レーベルとライセンスを結んでいない日本であればなおさら、グリシュカトのバッハを聴く物好きは数えるほどしかいないかもしれない。
ただ、数の理論だけで音楽の世界は成り立たないのもこれ真実。
グリシュカトが本拠地シュトゥッツガルトで演奏し、録音したバッハの声楽曲は、まさにこの戦後西ドイツのバッハ演奏史、録音しに深く刻まれる「地場のバッハ」のように感じられる。
1903年ハンブルク生まれのハンス・グリシュカトは、戦前よりシュトッツガルトを中心にバッハの宗教声楽曲の演奏に取り組み、1958年からはバッハの教会カンタータ192曲を演奏、またリリースされたものだけでも21曲の教会カンタータ、2曲の世俗カンタータ録音を残している。『ロ短調ミサ』『クリスマス・オラトリオ』『マニフィカト』『ミサ・ブレヴス』のオフィシャルな録音も残しているが、残念ながらマタイ、ヨハネ両受難曲録音の存在は知られていない。
シュトゥッツガルトと言えば、グリシュカトと同時代のメジャー指揮者ならカール・ミュンヒンガーがいるし、グリシュカトとクロスするように世界的にその才能が知られるようになり、ついには一人の指揮者による史上初のバッハ教会カンタータ全曲録音を成し遂げたヘルムート・リリングもいる。
更にはこの町、そしてその周辺は戦後の西ドイツのレコード産業を支えたマイナー・レーベル、スタジオ、エンジニア、そしてアーティストの一大拠点であった。
リリングの全集を制作した「ヘンスラー(Hänssler Verlag)」、ラインハルト・バルヒェット(ヴァイオリン)などの録音がある会員制レコード・クラブ・レーベル「オペラ(Opera)」はもちろん、「サストゥルフォン(SASTRUPHON)」「ダ・カメラ(DA CAMRA)」「コロナ(Corona)「インプルトゥ(Impromptu)」など60年代以降興されたマイナー・レーベルを、現在では傘下に収ている「バイヤー・ミュージック・グループ」のヘッド・オフィスは、シュトゥッツガルト近郊、電車で20数分のビーティッヒハイム-ビッシンゲンにある。いずれのレーベルもバッハはもちろん、ドイツ音楽の神髄を伝えるカタログを豊富に抱えている。
アーティストで言えばバルヒェット以外にも、同じくヴァイオリンのズザーネ・ラウテンバッハー、ヴィオラのウルリヒ・コッホ、ピアノとチェンバロのマルティン・ガリンク、イェルク・フェルバー率いたヴュルテンベルク室内管弦楽団などなどが数多くの録音を残している。
グリシュカトの1970年以降のカンタータ録音もコロナが行った(例えば以前番組でご紹介した左)が、今回【ターンテーブル動画】にしたのはそれ以前、1950年代にアメリカのレーベル「ルネサンス(Renaissance)」からリリースされた世俗カンタータを含む7枚のレコードのうちの1枚。レコード番号:X-35に収められた『全地よ、神にむかいて歓呼せよ』BWV51(1730年 三位一体節後第15日曜日)だ。
(「色違いで同じイラスト」なのに、Bachのフォントだけ違うのは何故?)
このカンタータはソプラノ・ソロのカンタータとしてよく知られ、録音も大変多い。「バッハ・ソプラノ」と呼ばれる歌手はもちろん、実演ではバッハを歌わないようなオペラ歌手なども、その自らの技量を披露するのが目的なのか否かはともかく、レコーディングする作品だ(最も分かり易い例は、エディタ・グルベローヴァ)。
そういう意味では、モーツァルトのモテット『エクスルターテ・ユビラーテ(踊れ、喜べ、幸いなる魂よ)』K.165 (158a)とともに、ソプラノ、特にコロラトゥーラ・ソプラノにとっては「ソプラノのための協奏曲」といった趣きがある曲であり、技巧的なトランペット・ソロがあり、トランペット奏者にとっても大切なレパートリー。有名なソプラノとトランぺッターのコラボがしたレコーディングも多い。
このレコードでソロを務めるのはマーゴット・ギローム(Margot Guilleaume 1910-2004)。トランペットのクレジットはない。
グリシュカトと同じくハッブルク出身で、戦前はオペラハウスでの活動が中心だったが、戦後はコンサート活動が主となり、特にバロック時代の作を優れた解釈で歌い、ARCHIVにも録音も残している。
BWV51のLP以外に手許にあるギロームのLPは、(上から左から)バッハの歌曲集(『アンナ・マクダレーナ・バッハの音楽帳』を含む)、ヘンデルの『9つドイツ・アリア』、そしてペルゴレージの名作『スタバト・マーテル』(バッハのカンタータ『我が罪を拭い去りたまえ、いと高き神よ』BWV1083は、この曲に詩篇第51番のドイツ語歌詞をつけたもの)の3枚だった。
ギロームの歌声は高音や力強さで聴く者を圧倒するようなものではなく、柔らかさと軽さ、温かみを持った美しく、敢えて言えばそのビジュアルと同様「可愛らしい」もの。
彼女に近いソプラノで、すぐに思いつくのはエディット・マティスだろうか?(マティスのBWV51、『アンナ・マクダレーナ・バッハの音楽帳』、『9つのドイツ・アリア』も名盤!)
ギロームのバッハ教会カンタータの録音は、放送用音源9曲(YouTubeで聴取可能)を除けば、このBWV51しかないのは何とも残念・・・。
では、ごゆっくりご堪能くださいませ。
【プレーヤー】
Techinics SL-1200Mk4
【カートリッジ】
audio-techinica VM610MONO
【フォノ・イコライザー】
合研LAB GK05 monoSP(各種イコライザー・カーブが簡単に設定できるモノ盤とSP盤に特化したイコライザー。コスパ最高!)
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