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1938年9月1日にウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団、その年の11月1日にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団にも入団、39年には27歳でコンサートマスターに昇格し、右肘の神経障害のため72年に退職するまで活動したオーストリアのヴァイオリンスト、ヴァルター・バリリ。
彼はコンサートマスターとしての活動と並行して、戦後45年にバリリ四重奏団を結成、アメリカのWestminsterレーベルにベートーヴェンの弦楽四重奏全曲を始め、モーツァルトの四重奏や五重奏などをレコーディングした。
戦後、オーストリア・シリングの暴落に伴い、それに目を付けてウィーンに進出し、数多くのレコーディング・セッションを持った戦勝国アメリカのレコード・レーベル、Westminster、Vangurad、Haydn Societyなどは、結果的にウィーンの演奏家の名演奏を記録し、オーストリアの外貨獲得にも貢献したわけで、これは「歴史とレコード文化史における実に幸福な結びつき」と言っていい。
バッハ・ファンからすればWestminsterにおけるヘルマン・シェルヘンのカンタータの数々や『マタイ受難曲』(この録音での『憐れみたまえ、我が神よ』他のヴァイオリン・ソロはバリリ氏によるもの、なのは皆さんご存じのところ)など、 Vangurd Bach Guildにおけるフェリックス・プロハスカを始めとする指揮者によるカンタータの数々が、ウィーン国立歌劇場管弦楽団とそのレギュラー・メンバーだった歌手たちによって集中的にレコーディングされたことは、もっと多くのファンに知られるべき事績だと思うが、いかがなものだろう?
またいつも勝手に空想してしまうのだが、シェルヘンとプロハスカは1950年代前半、レーベルこそ異なるが、ウィーンという町で、同じオーケストラや似通った歌手たちとバッハをレコーディングをしていたわけだから、面識があったり、親しく音楽談義を交わしていたりしたのだろうか?ウィーンのカフェとかで・・・。事実でなくても空想しただけでお腹いっぱい。
さて、今回の【ターンテーブル動画】は、そんな中でも特質すべきバッハのLPを取り上げる。
バリリ氏がシェルヘンとウィーン国立歌劇場管弦楽団と録音したバッハの『ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 』BWV1041である(Westminster WL 5318)。レコーディングは1954年にコンツェルトハウスのモーツァルト・ザール(Westminsterのウィーンにおけるバロック音楽や室内楽レコーディングは、ほとんどここで行われている)。c/wは同2番 ホ長調 BWV1042。
(現代のピリオド系の演奏と較べれば)ゆっくりとした間合いで丁寧に、しかし決して重くなることなく始まるオーケストラの演奏に、バリリ氏のソロがこれも自己主張は強くないが、自信と音楽への愛情がこもったような潤った音色で乗り、モノラルながらしっかりとそを捉えた録音は見事である。
「テンポがどうだこうだ」という前に、その音楽の品格やそこに添えられた気持ちに是非耳を傾けたい演奏だ。ハンス・クナッパーツブッシュの作る音楽がそうなように・・・。
実は今回、この動画を制作しようと思ったきっかけは、番組のTwitterをフォローしてくださっているBeethoven ‘s works collectorさんがツイートした、バリリやレオポルド・ウラッハが参加したこれもWestminsterの名盤、ベートーヴェン『七重奏曲』のCDについて、私がそのオリジナル盤の画像と、25年前にバリリが来日し、高崎で行ったトークショーと公開レッスンを観にいった云々・・・とコメントをお送りしたことにある。
恐らくこの翌96年のことだったと記憶しているが、Westminsterの原盤所有会社であるアメリカ・ユニバーサル社のテープ保存庫に、日本のユニバーサル担当者が訪れ、根気よくマスターテープを探し出し、それをリマスタリングしてCDリイシューする、という一大プロジェクトがあった(この大捜索での最大の成果は「マスターテープは紛失している」と言われ続け、他のWestminsterの復刻CDよりも劣った音質で聴かざるを得なかったウラッハとコンツェルトハウス四重奏団によるモーツァルトの『クラリネット五重奏曲』のマスターが発見され、CD化できたことだろう)。
バリリ氏の来日はそのプロモーション目的もあったように思う。
前半はインタビュアー相手に、1950年代当時の自身の活動やウィーンの様子、音楽に対する氏の信条などが語られた。
そして後半は、音大生による3つのアンサンブル(弦楽四重奏2グループとピアノ五重奏)を相手にした公開レッスンだ。
音大生が取り上げたのはモーツァルトの四重奏(どの曲だったか失念してしまったが、「バリリ四重奏団がWestminsterには録音していない曲だな・・・」と思った記憶が微かにあるので、おそらく「ハイドン・セット」のどれかだったように思う)、ベートーヴェンの『弦楽四重奏曲 第4番』、そしてシューマンの『ピアノ五重奏曲』だった。ベートーヴェンとシューマンはバリリ四重奏団の録音があったので、それはとても興味深いレッスンだった。
ベートーヴェンを演奏したのは東京藝大のクァルテットだったが、あの緊張感のある第一楽章でバリリ氏が強調したのは「急がないこと」「16分音符の刻みがはっきりと聴き取れるテンポで」ということだった。実際にバリリ四重奏団のLPを聴いても、それはその通りだった。若い演奏家がこの曲の特徴を表現しようと少し前のめりになり、激しさを追い求めているような演奏に対し、優しくも自信をもってアドバイスしているようだった。
シューマンの五重奏曲は東京音大のアンサンブルだったと記憶しているが、ここでもこの輝かしく外に向かってエネルギーが放出されるような第一楽章に「規律」を求めるようなアドバイスだったように思う。
バリリ氏は自らヴァイオリンを弾いて手本を見せることはしないので、言葉と身振りだけでそれを学生たちに伝えるわけだが、その言葉に真剣に耳を傾けた彼らの演奏が、ものの15分で全く新しい姿に生まれ変わる様は、まるで魔法のようだった。日本の若い演奏家のテクニックは素晴らしいが、「表現」という点においてまだまだ伸びしろがあることを実感したものだ。
この催しに大満足して帰路に着いたわけだが、実はこの日、機会があれば彼のサインをいただきたいと思い、バリリ氏のLPを1枚を持参して浜松を出発した。
Westminsterのウィーン・フィル・メンバー関連のLPを以前集中的に蒐集していたので、どのLPを持って行くか思案した。もちろん、多くのジャケットにサインをしてもらいたいのはやまやまだが、それはバリリ氏に失礼というものだろう、ということで、黒サインペンでサインしてもらうことを考慮して、白系のジャケットのLPで、かつ四重奏団ではなくソロ奏者としてのバリリ氏のLPということで、最終的に候補は2枚に絞り込まれた。
ヴィオラのパウル・ドクトル、プロハスカ、ウィーン国立歌劇場管弦楽団とともにレコーディングしたモーツァルトの『ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲』とバッハの『ヴァイオリン協奏曲集』だ。
恐らくそのレコード番号の若さ、そしてレッド・レーベル(セカンド・プレス)ではなく、オリジナルのグリーン・レーベル、という点からして、モーツァルトの方が流通上の希少性は高いし、ここでのバリリの演奏もバッハ同様心温まるものなのだが、「全くのソロ」という大して説得力もない理由でバッハを選んだ、というわけだ。
開演2時間前ほどに会場に到着し、バリリ氏が到着するのを会館のロビーで待った。
すると開場30分前ころに氏が日本の関係者とともに会館正面にタクシーで到着し、玄関を入ってくるのが見えた。
心を落ち着かせ、彼のもとに近寄り、片言のドイツ語でファンであることを伝え、ジャケットとサインペンを差し出したら、バリリ氏はその場でさらっとサインをしてニコリとして楽屋口に消えていった・・・。ほぼ15秒くらいの出来事。
先ほど掲載したバッハのジャケットをもう一度ご覧いただきたい。これがバリリ氏のサインである。
なお、1921年生まれのヴァルター・バリリ氏はご存命である。
来年には100歳になられる。
氏が少しでも幸福に人生を送られることを祈って・・・。
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