音楽は無力ではない。

2011年3月11日、東日本大震災が起こった後、音楽業界ではある発言が多くのアーティストから発せられました。「このような自然の脅威、それによって引き起こされる惨劇や人の悲しみに対して、音楽は無力である。」という発言です。もちろん、このような言葉が発せられるほどの未曾有の出来事であったことは確かですし、音楽という「無形の文化」が直接的、物質的な援助を施せるわけではないことは分かっています。さらに音楽の持つ「癒し」「励まし」「勇気」という「心持ち」ですら、無力だと思ってしまうほどの、想像を超えた現実を突きつけられたことも分かっています。しかし、あの時本当に「音楽は無力」だったのでしょうか?

 

K-mix ではかなりの頻度で、新曲やアルバム、ライブのプロモーションを目的に、番組へのゲスト出演希望の依頼があります。あの大震災があった時、「音楽は無力である。」という理由、「多くの人が苦しみ、途方にくれている最中、自分の音楽の宣伝をするのは相応しくない。」という理由で、キャンペーンを自粛するアーティストが思いのほか多かったと記憶しています。

Sというアーティストもそんな1人でした。私はこのアーティストのソングライティング力、歌声、ステージ・パフォーマンスには目を見張る個性と実力があると思っていました。しかしながら、彼と初めてお話をさせていただいた時、そして一緒に食事のテーブルに着いた時、彼の人(特に女性)を上から品定めするような視線や物言い、「自分には才能がある。」とでも言いたげな受け応え、そして、気に入らないと思った相手を、徹底的に無視したり、逆に袋小路に追い込んだりするような姿勢を見せられ、その人間性の軽薄さ、器量の小ささにウンザリし、例え外見は立派であっても、そんな人間性から発せられる音楽は”まやかし”ではないか?と思うようになり、一気に興味をなくしたことをよく覚えています。

震災のあった翌週、そんな彼が所属するレコード・メーカーから、その週に予定されていたキャンペーンを自粛したい、という申し出がありました。理由は「音楽を届けている場合ではないから。」というものでした。彼のことをそれほど知っていなかったら、「そうなんだ。」と思っただけで済んだのかもしれません。しかし、私には「単なる言い訳」「出る杭は打たれる」=「事なかれ主義」にしか見えなかったのです。もちろん、その判断が彼自身によってなされたものなのか、それとも彼が周りのスタッフに説得され、そうなったのかは定かではありません。しかし、結局のところキャンペーンが行われなかったのは紛れも無い事実です。

彼に限らず、「こういう時は余計な行動も言動も慎んで、世の中が落ち着くまで身を潜めていた方が自分のため。」「積極的にメッセージを送ったら、返って誤解を生んだり、叩かれる可能性すらある。」と思うアーティストが想像していた以上に多かったという事実に、私は苛立ちのようなものを隠せず、K-mix を管轄する名古屋にブランチのあるレコード・メーカーの連絡会に「あなたたちはキャンペーンをやらないことが、今、日本の音楽界が成すべき選択だと本当に思っているのか?」と迫ったことをよく覚えています。中には「久保田さんのおっしゃる通りだと私も思いますが、会社はその逆で、何もメッセージを発しない方が得策と思っているのが現実です。」というプロモーターもいました。


そんな中、私が親しく交流しているアーティストの中に、積極的にこの震災と被災者に向き合い、迅速に行動を起こしたアーティストも当然いました。

一番最初に動いたのはBOSSANOVA CASSANOVAの2人でした。

彼らは震災の8日後、3月19日(土)「WEEKEND ヤッホー」で共演していた久保ひとみさんとともに放送終了後、K-mix 本社のエントランスに出て、集まった100人ほどのリスナーを前に、マイクなし、スピーカーなしでフリー・ライブを行い、日本赤十字社を通じて被災地、被災者に届けられる災害義援金を募ったのです。「理屈ではない。」と言わんばかりの力強い行動力と説得力に圧倒される思いでした。募金をしていただいた方の中には、ライブ終了後、スタッフが抱えた募金箱に匿名で300,000円の現金を入れて、足速にその場を後にした、浜松で店舗を構えるとある経営者の姿もありました。


当時、「カバみみ」というカバー曲のみをセレクトしてオンエアする、という番組を担当していたキンカ,ウィズアヨオンは、童謡『キラキラ星』のカバー・バージョンを、K-mix のスタジオで最小限の楽器で弾き語り、レコーディングし、即その音源をK-mix の着うたサイトで配信。その売り上げの全額を同じく日本赤十字社を通じて災害義援金として寄付しました。彼女は決して声高に何かを主張したり、訴えかけたりするアーティストではなく、実に控えめな女性ですが、『キラキラ星』という選曲、そしてこの曲を優しく呟くように歌ったその歌声から、彼女の強く確かな気持ちを汲み取ることは決して難しいことではなかったと思います。

 

そしてもう1人、拝郷メイコさん(メイちゃん)の場合。

今からご紹介するエピソードは、震災直後に彼女がとった行動ではありませんが、彼女があの震災からインスパイアされて書き上げたその曲は、私の中でとても大切な曲であり、あの大惨事とそれによって生じた人々の“気持ちの揺らぎ”に、1人のアーティストが真正面から向き合って、そして投げかけたメッセージとして、とても重たいもの、そして今現在でもその価値が下がるどころか、逆にその精神性はさらにこの時代にとって必要なものとして、その存在感を増しているように思います。

『ヒカリ』という曲です(オフィシャルではないですが、曲はこちらで、歌詞はこちらで)。

この曲が生まれたのは、日本赤十字社静岡支部から「『2011年度〜2012年度 命を救うキャンペーン』をK-mixとコラボレーションし、そのキャンペーン・ソングを誰かアーティストに制作、レコーディングしてもらい、その曲をK-mix でオンエアして欲しい。」というご依頼があったことに端を発しています。もちろん、東日本大震災がキャンペーンのきっかけのひとつになっていることは言うまでもありません。

このお話をいただいた時、どうせならばK-mix でレギュラー番組を担当していて、シンプルで透明に、且つそこから滲み出るような強い気持ちを押しつけがましくなく、でも確実に伝えられる歌を書いて歌える人、というイメージが私に降ってきて、「それはメイちゃんに他ならないな。」と思い、マネージャーのI氏に連絡し、メイちゃんともども快諾をいただいたと記憶しています。

こうして出来上がった『ヒカリ』はただラジオでオンエアされるだけでなく、2011年5月14日、初夏の太陽が眩しい静岡市の葵スクエアで行われた「世界赤十字デー」のイベントにメイちゃんが出演、披露されました。そして同じステージで『ヒカリ』とほぼ同時期に誕生した『リビング』という、『ヒカリ』と全く異なった言葉を使い、シチュエーションも異なりながらも、きっと根っこは同じと思われる曲も披露されたのでした(この2曲はアルバム『BROOCh』に収録されています)。メイちゃんの古いブログにもその日のことが綴られています。さらに『ヒカリ』はK-mixの着うたサイトで配信もされ、その収益金は日本赤十字社静岡支部の活動資金として寄付もされました。

『ヒカリ』は間違いなくメイちゃんの代表曲ではありますが、彼女のライブに行けば必ず聴ける、という曲ではありません。多分、彼女の中でこの曲をセットリストに入れる「意味」があると強く(他のレパートリー以上に)思った時に、この曲は歌われるのでは?と想像します。

実は最近、私はそんな場に居合わせました。

6月2日(日)、浜松窓枠主催の「Music Clipper」という年2回、メイちゃんと岡野宏典君が必ず出演する恒例のイベントでのことです(そもそも、このイベントが立ち上がる時、岡野君サイドから『誰か女性のシンガーソングライターを紹介して欲しい。』というリクエストを受けて、私が彼にメイちゃんを紹介したのが、2人の出会いのきっかけでした)。この日は私の急なわがままを窓枠社長の潤さんが聞き入れてくれて、Ritomoさんがオープニング・アクトを務めることになっていたので、メイちゃん、岡野君の2人にも、彼女のパフォーマンスを初めて観てもらえる良い機会になりました。

メイちゃんはこの日のトリでしたが、最後の曲の前にMCを入れながら、この後演奏する曲のコードを探っていました。明らかに曲は『ヒカリ』です。

 

翌日、私はメイちゃんにメールで、このように伝えました。

 

昨日はお疲れ様でした。
多分『ヒカリ』はやるんだろうな・・・。今、やるべき曲だよな・・・。
と思っていたら、最後のMCでそんな雰囲気になって、コード弾きが聞こえてきて、あぁやっぱり・・・、と思った時が昨日のハイライトでした。
行ってよかった、本当によかったと・・・。

3ショット(メイちゃん、岡野君、Ritomoさん)、添付します。
これからの少なくとも2年間ぐらいは、人生の10%くらいはRitomoにかけてみようかと思っているので、メイちゃんにも可愛がって欲しいです。

引き続きよろしくお願いします。

 

このメールに対してメイちゃんからはこんな返信がありました。

 

くぼたさん、先日はありがとうございました!
そうですね、なんだかやりきれない気持ちになることが多くて、まったく自分は役に立たないような気持ちになりますが。
あの場にいた方が何か受け取ってくださればと思いました。

りともちゃん、また来月お会いできるのを楽しみにしていますー!!!

 

ライブが開催された少し前の5月28日、神奈川県川崎市で、スクールバスを待っていた小学生17人と大人2人が男に刺されたり切られたりし、うち2人が死亡。男は自ら首を刺し意識不明の状態で確保されたが、死亡した、というあの事件が起こりました。

私はその事件の直後のライブだから、メイちゃんはきっと『ヒカリ』を歌うのだろう、と思っていたのです。そして、実際にその通りになったのです。心が通じたような気持ちになりました。

「自分は何の役にも立たないのかもしれない。でも、だからと言って何もしないというのはおかしい。」「何かを変えようと思うことだけが正しいのではなく、私はこう考えているから、ただただこうしているんだ。」 そういう思いや希望が、「歌」という無形の恵み、力で人の心に浸透していくことの尊さ。

 

「音楽は決して無力ではない。むしろたくさんの力を蓄えている。」と私は考えます。

 

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