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「尊い」ということ

K-mixはアーティストがパーソナリティを務める自社制作番組が、極めて多いラジオ・ステーションです。先日、何げなく番組タイムテーブルを眺めながらアーティストの数を数えてみたら、31組のアーティストに番組を持ってもらっていました。ローカル・ステーションとしては異例の多さだと思います。ラジオ業界、音楽業界でもその事実はよく知られています。

何故、そんなに多くのアーティストが番組を持っているのか?そもそもいつ頃から多くのアーティストが番組を担当するようになったのか?今回はその辺りをお話ししながら、この秋、私にとってひとつの節目となり、アーティスト番組について今一度考える機会になった、あるアーティストについてお話ししたいと思います。

 

2005年4月、月曜から木曜の20:00〜20:30、20:30〜20:55に「K-mix 8×8」というアーティスト帯番組を編成しました。「全部で8枠8組のアーティストが午後8時台に放送する番組」なので「エイト・バイ・エイト」というわけです。その1年後、静岡県、そして全国に「冷凍みかん旋風」を巻き起こすことになるGTPは、そのスタート時のメンバーでした。そして、2006年にはkainatsuさんが、2007年には京太朗と晴彦がメンバーに加わることになります。「K-mix 8×8」がきっかけとなり、現在でもK-mix でレギュラーを持っているのは、この2組に加えて、山口リサさん、拝郷メイコさんの合計4組です。
午後8時台というのはテレビのゴールデン・タイムで、ラジオにとっては元々スポンサーにセールスしにくい時間枠です。だとしたら、スポンサーが付かず、収入も入りにくいこの枠で、なるべく制作費をかけず、しかもミュージック・ステーションとしての矜持を示すことができ、テレビが眼中にないラジオ好き、音楽好きに楽しんでもらえるような番組を編成してみたらどうか?と思ったのが、この番組をスタートさせたきっかけでした。
さらに言えば、ミュージック・ステーションとして、広く世間に紹介したい有望なアーティスト、ラジオでしゃべることが自分のアーティスト活動にプラスになると思ってもらえるアーティストにチャンスを与える、という意味や狙いもありました。

アーティストの主たる活動はもちろん、楽曲制作とリリース、そしてライブです。そこにラジオでレギュラー番組を持つ、ということが加わることによって、アーティスト活動の基盤のようなものが形成されれば・・・、という思いを持つに至り、それがラジオマンだからこそできるアーティストへの向き合い方だ、と確信したわけです。
そんなわけで「K-mix 8×8」をはじめとして、主に週末の夜から深夜にかけ、次々とアーティスト番組が増えていき、今ではK-mix 全番組編成の十数パーセントがアーティスト番組になっているのです。

一方アーティストからしてみると、楽曲制作やリリースやライブがアーティスト自らの意思でいつ発表しても、行ってもいいのとは異なり、レギュラー番組は一度始めてしまうと本人の意思にかかわらず、毎週1回、有無を言わせず必ずやってきます。その点からラジオ・レギュラーは少し大袈裟に言えば“アーティストが生きている証”となるのです。
だからK-mixでレギュラー番組を持つアーティストの中には、「番組で何をしゃべるか、常日頃から意識して生活することになり、ラジオが自分の生活の中心になっている。」という方もいるくらいです。

 

さて、以前このブログでkainatsuさんとの出会いについてお話しした際、なっちゃんと出会ったちょうど12年後、年齢も全く同じの大学4年生(しかも、ふたりとも専攻は心理学!)、そして同じピアノ弾き語りシンガーソングライター、さらに世間に対して不器用で、社会と接することをあまり得意としない、ということも共通したひとりのアーティストに出会った、それがTOMOOさんだった、と触れました。

 

今回はそのTOMOOさんについて語りたいと思います。


ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、彼女のレギュラー番組「TOMOOのもぐラジオ」(土曜日 25:30〜26:00)はこの9月28日をもって、1年半の歴史に幕を閉じました。率直に言って、それは私にとってはとても大きな喪失感を抱かせるもので、不本意なことでしたが、番組を終了することは彼女と彼女が新しくマネージメント契約を結んだオフィスが決した判断なので、私はとやかく言える立場にはありません。

 

彼女の存在を知ったのは、当時彼女のマネージャーを務めていたOさんからの連絡でした。Oさんとはかれこれ25年くらいのお付き合いで、彼がマネージャーを務めてきたアーティストとの関係の中で、私はOさんにシンパシーを感じていました。そんな彼から新しい女性シンガーソングライターを手掛けることになったので、と言われ、その音源を聴かせてもらったのがTOMOOさんというわけです。2017年秋のことです。

彼女の歌は歌詞での情景や心情の描写がとても瑞々しく、繊細なのですが、その歌声はその表現の繊細さとは異なり、低音の膨らみ(成分)を持ち、ソプラノではなくメゾ・ソプラノに近く、その表現と声質のちょっとしたアンバランス感、明るい曲調であっても、そこにほんの少しの“翳り”が見え隠れしているところが、誰にもない特別なもののように感じました。

さらにOさんから「ただひとつ、対人に若干難があるんです。」と伝えられ、余計にTOMOOというアーティストに興味を持ったのです。何故なら、対人に弱い、つまりコミュニケーションを得意としない人が、唯一、他との繋がりを持とうとする手段として、作詞作曲、そしてそれを歌って表現するのと同時に、「面と向かって=対人」ではく、見えない相手とコミュニケーションするということを強いるラジオという表現媒体においておしゃべりをすることにより、その素晴らしい感性がとてつもない力を発揮するという事実を、それまで何回か聴いて、見て、体験していたからです。そして、その典型がkainatsuといアーティストでした。

そこで私はOさんに、「取り敢えず、生ワイドにゲスト出演してみてはどうでしょう?それもTOMOOさんの負担にならず、彼女のよさを引き出し、ラジオの楽しさを知ってもらうという意味で、『ピンソバ』でバカボンさんに料理してもらえれば・・・。」と提案し、それが実現しました。2017年11月29日のことです。

初めて会ったTOMOOさんは私が想像していたより「対人に弱い」という印象はありませんでしたが、どこかキョドッているところや、受け応えに空白が生まれるということが何回かありました。でも、空白が生まれるということは、裏を返せばそれだけしっかりと考えて、答えを出そうとしている、ということでもあり、何より彼女がラジオのパワーに興味を持ってくれたことが、最大の収穫でした。

翌日、私はOさんに連絡してこう言いました。「4月から30分のレギュラー番組を始めませんか?」

そして、12月上旬、K-mix の忘年会でたまたま隣の席になったなっちゃんに、持ち合わせていたTOMOOさんのアルバム『Blink』を見せながら、「4月からこの子と番組を作ろうと思っているんだ。」と言って、なっちゃんとTOMOOさんの共通点を話した、なんてこともありました。なっちゃんにもTOMOOというアーティストを是非知って、興味を持ってもらいたい、と思ったからに他なりません。

こうしてレギュラー番組に向けて準備が始まったわけですが、12月19日、渋谷のライブハウスで彼女のワンマンを見る機会に恵まれました。このライブハウスは、私が初めてなっちゃんのライブを観た場所でもあり、ここにも何か縁のようなものを感じずにはいられませんでした。

番組制作にあたって、Oさんから「番組収録は東京ではなく、浜松のK-mixスタジオで行いたい。」という強い要望がありました。通常、アーティスト番組は、アーティスト・サイドの物的負担を軽くするため、東京で制作し、データでK-mixに納品するというやり方がほとんどです。しかしOさんは、静岡県に定期的に本人が足を踏み入れ、静岡のことを知りながら、空気を感じながら番組を作る、ということを重要視していました。
これは私も望むところでした。何故なら浜松で制作するならば、私が直接制作に携われるからです。自分で言うのも気が引けますが、私自らが番組をディレクションするというのは極めて例外的です。実際、アーティストとレギュラーを制作するのは、2010年10月、翌年3月に番組が終了することが決まっていたなっちゃんの「甲斐名都 よりみちroom」の幕引きディレクターをして以来、実に7年半ぶりのことでした。

年が改まって2018年1月、表参道のカフェでTOMOOさん、Oさん、私の3人で打ち合わせを行い、番組タイトルが「TOMOOのもぐラジオ」と決定、コーナーの方向性や内容案もおおよそまとまりました。TOMOOさんからは「番組を一言で表現するとしたら“こっそりした時間とテンション” 」という話もあり、イメージをしっかりと共有しました。

番組収録を始めると、確かに彼女のトークには多くの “空白”が度々生まれました。その空白であまりに番組進行が滞り、リスナーの気持ちを逆撫ですることになりかねない場合は、編集をしましたが、その空白に彼女の思いが実は隠されている、と私が思ったところは何も処理せず、そのまま放送に載せました。

 

「ラジオでしゃべること」について私がずっと思っていることがあります。

 

流暢に何の停滞もなく、綺麗に話をし、ともするとその自分のしゃべりに酔いしれて、中身が伝わらずに上滑りする人のトークほど聞き苦しいものはなく、むしろ、一つ一つ言葉を選び、辿々しくても正直にしゃべる人がもたらす言葉には力が満ち溢れている、ということです。テクニックは二の次三の次で、公共の電波に乗るということを除けば(完全に除き去ることは、もちろんできませんが)そもそも、「しゃべる」という行為そのものは特別なことではありません。しかも本当にしゃべることができるもの(対象)は、その人の知り得たこと、感じたこと、考えたこと、そして想像したことだけなのです。「それをしゃべった時、聴いた人が“自分事”として、それをどう捉えることができるか?」ということがラジオの全てではないか?と。

TOMOOさんのトークはまさにこれです。人の心を動かし、考えさせる力があるのです。

そういう意味で、この1年半「もぐラジオ」でやってきたコーナーで私が一番好きだったのは「TOMOOのスクラップブック」でした。このコーナーは彼女が日々思っていること、感じていること、発見したことを切り取ってスクラップするように、リスナーとシェアする、という内容でした。
ここでの10分弱(実際には15分も話して、編集することが度々でしたが)、彼女が紡ぎ出す言葉の説得力にはいつも感心、いや感動していました。
特に今年の晩春、彼女の活動環境が変わってしまうかもしれない、ということが明らかになりつつあった以降、彼女がスクラップする言葉はその重みが極限までに達するのと同時に、言葉そのものが研ぎ澄まされていき、まるでギリシア式神殿の石柱のように私の目の前に立ち現れていきました。

その中でも特に圧倒的な力で押し切られそうになったのが、「『get』することは『give』すること」という言葉でした。

前回のブログでSTARMARIEののんちゃんの言葉「バカはバカなりに考えている。」が、現時点で私が今年聞いて感動した3つの言葉のうちの1つ、とお話ししましたが、2つ目がこのTOMOOさんの言葉です(さて、もうひとつは何でしょう・・・)。

これはTOMOOさんが、音楽仲間の友だちと初めてふたりきりでご飯とお茶をして、色々な話をしながら時を過ごして感じた思いを言葉にしたものです。つまり、TOMOOさんはその友だちとの有意義な時間を「get」したけれど、それはすなわち、自分の約1日という時間を費やし、決して自宅から近くない場所へ電車を乗り継ぎ向かい、食事とお茶代を支払うという「give」と引き換えに成り立っている、そして、それは相手の友だちにとっても同じ、ということです。

「得ることは与えること」。
これはキリスト教の基本的な教えです。

聖書にはこんな言葉があります。

 

与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。
人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。
あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。

(ルカの福音書 6章38節)

 

「TOMOOのスクラップブック」と同じく、彼女の言葉の重さを感じさせるコーナーが、彼女の思い出の曲やルーツになっている曲を紹介する「TOMOOのバックヤードバー」でした。このコーナーは番組スタートから唯一最後まで続いたコーナーなので、TOMOOさんは全部で78曲を紹介したことになります。
ラストひとつ前、9月21日のこのコーナーで、彼女は今まで一度も語ってこなかった、ある種類の音楽からの強い影響について初めて語りました。それは彼女が幼い頃から自然に親しんできた「教会の音楽」です。
何故、彼女がそんな環境下にあったかについて、私からは語りませんが、彼女と出会った頃からそれを知っていた私は、音楽だけでなく、彼女の価値観や倫理観に、教会、つまりキリスト教の教えに沿ったものを見出すことが何度もありました。

カミングアウトすると、私はカトリック教徒の両親のもとに生まれ、幼稚園年中組から大学を卒業するまでの18年間を、カトリック・ミッションの幼稚園、小学校、中学校、高校、大学で過ごしました。決して真面目で熱心なクリスチャンではありませんでしたが、キリスト教の教えや価値観、倫理観を自然に身につけ、55歳になった今でも、自分の考え方、判断の根底にキリスト教の影響が色濃くあることを自覚しています。

だから、「『get』することは『give』すること」と彼女が語った番組収録後、ブースから出てきたTOMOOさんに開口一番「まさにキリスト教の教え、そのものだね。」と言って、何だかふたりでニコニコしたのをよく覚えています。

そして、彼女との1年半に及ぶ共同作業の中で、彼女がここぞとばかりに何回か口にしたとても印象的な単語があります。TOMOOさんにその話をしたことは、今の今まで一度もなかったですし、多分、彼女にとっては特に意識して発せられた単語ではなかったのかもしれませんが・・・。

 

その単語とは「尊い」です。

 

普通に読めば「とうとい」ですが、彼女はこれを文語調に「たっとい」と言葉にします。そう発音すると、余計にこの言葉に彼女が込める思いが強く伝わるような気がして、印象に残ります。
「『get』することは『give』すること」と語ったあの時も、その友達と過ごした時間を「とても尊いもの」と表現しています。

「尊い」という単語、少し言い換えれば「尊厳」という単語(ラテン語で“digninate”)は、私にとってもとても大切な言葉です。私が卒業した大学が掲げているモットーは「Hominis Dignitati(人間の尊厳のために)」というものでした。以前のブログ記事で私が大学で哲学を勉強していたことをお話ししましたが、そんな言葉をモットーに掲げ、哲学科がある(現在は統廃合)大学、というところに惹かれ、この大学に入学したいと思った経緯があります(さらに言葉を重ねれば、私が今まで生きてきた中で、「“人間の尊厳”とは何か?」ということを一番考えさせられた場所が、ポーランドの「アウシュヴィッツ、ビルケナウのナチス・ドイツ強制収容所」です)。

TOMOOさんから「尊い」という単語が発せられる度に、番組の共同制作者として、そして何より人間として、その根底に置いている価値観が一緒のように思い、それこそ、それは「尊い」ことだったのです。

 

最終回の「TOMOOのバックヤードバー」は、このコーナーの趣旨には反しますが、TOMOOさんは自作の『雨粒をつけたまま』をスタジオで弾き語りました。この曲は彼女が「もぐラジオ」を作っていく中で、リスナーから寄せられたメッセージたちにインスパイアされて作った曲です。私はこの曲を初めて聴いた時、「これでいいんだ  今、これでいいのさ  見えてるものがすべてじゃない」というサビの歌詞に耳と心が惹きつけられたのと同時に、イントロのピアノのメロディーと和音にとても懐かしい感情を抱きました。それ以来、『雨粒をつけたまま』はTOMOOさんの曲の中で私が一番好きな曲になりました(因みになっちゃんの最新アルバム『BOOKMARK』に収録された『これでいいのだ』と、この『雨粒をつけたまま』は私の中で分かち難い2曲です)。

TOMOOさんはこの曲を「バックヤードバー」の最終回で取り上げた理由を、「私と同じ方向を見て、この番組を丁寧に作ってくれた人が、一番好きだと言ってくれた曲だから。」と語ってくれました。

何も言葉がありません。

 

『雨粒をつけたまま』のイントロに懐かしい感情を抱いたのは、私が好きな1970年代初頭、アメリカのシンガーシングライターの不朽の名作が数多くリリースされた時代の、とある2枚のアルバムに繋がる音の世界、佇まいがあったからだと思います。
この時代のアメリカのシンガーソングライターの2大名盤、不朽のアルバムといえば、ジェイムス・テイラーの『スウィート・ベイビー・ジェイムス』(1970年)、キャロル・キングの『つづれおり』(1971年)です。しかし、この2枚だけが素晴らしかったわけではなく、発売当時にはほとんど売れなかった幻の名盤は数多くあり、それらはここ20年くらいの間にCDで復刻され、評価されるようになってきています。
そのとある2枚のアルバムもそんな幻の名盤です。特にそれぞれに収録された1曲ずつが『雨粒をつけたまま』と自然に結びついたのです。
加えてその2曲は、TOMOOさんが影響を受けたゴスペルの香りを聴く者に伝えています。

というわけで、昨日、私はTOMOOさんに連絡し、これまでの感謝の気持ちを、ラスト2回の「バックヤードバー」を聴いて想起したこの2曲が収録され、私が長らく聴き続けてきた(聴き潰した)2枚のオリジナルLPレコードをプレゼントすることで伝えたい、と話しました。TOMOOさんの音楽再生環境にアナログ・プレーヤーがあるかどうかも確かめず。

そのアルバムが誰の何というアルバムなのか?は、TOMOOさんが無事レコードを聴くことができ、彼女がそれらについて語りたくなったら、きっと皆さんの知るところになるでしょう。

 

 

まだまだ語りたいことは山ほどありますが、きりがないので一区切りつけることにします。尻切れトンボのように終わることをご容赦ください。

 

 

TOMOOさんにこれからも「尊い」と思えることが、ひとつでも多く訪れることを祈って。

 

 

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