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今から12年半前の2007年3月から2年間にわたって、私はラジオマンとしてとても貴重なある体験をしました。
きっかけはその前年2006年12月中旬、静岡刑務所教育部統括矯正処遇官の方からの1本の電話でした。電話の内容は「毎月1回、受刑者向けに1時間番組を所内にある放送室から放送して欲しい。」というものでした。
何でも、静岡刑務所では自由時間にラジオ放送が結構な時間流れており、受刑者の楽しみになっている、ということでした。例えば、大相撲本場所の時期にはNHK第1放送の中継が流され、平日の夕食後にはK-mix の番組が流されているというのです。
そこで、電波で届けられているK-mixの放送ではなく、所内だけで受刑者のみが聴くことができる番組を放送して欲しい、ということでした。
そして、刑務所からの要望は「番組は基本的に受刑者のリクエスト曲をそのメッセージとともに紹介するもの。」ということでした。メッセージを書くことで受刑者が自分や家族のことを振り返ったり、思いを馳せたりし、社会復帰するための心の準備をする機会にしたい、というのがその意図です。
静岡刑務所に収容されているのは、初犯で刑期が比較的短い受刑者ということで、服役中のこうした取り組みが「矯正」という観点からとても重要だということでした。
この放送はあくまでもボランティアで、刑務所からはギャランティも交通費も支払われない、ということでしたが、私は「是非やってみたい。」と思いました。理由はいくつかありましたが、一番大きかったのは、小学生の時のある体験です。
私が通っていた小学校はキリスト教系ミッション・スクールでしたが、12月のクリスマスの時期になると静岡刑務所に出向き、講堂でその年の秋に行った学園祭のお芝居を再演する、という慰問活動を行なっていました。「罪人にも憐れみを。」というのはキリスト教の基本的な理念です。それを小学生にも体験によって理解させることが、慰問の目的だったように思います。私は3年生と5年生の時にその慰問を経験しました。
講堂に集められた何百人という受刑者、皆、頭は短く刈られ、灰色の同じ服を着た男性たち、「個性」というものを抹殺された者たちが、ステージ上を凝視するという、張り詰めた空気の中で演じたことをよく覚えています。
芝居の最後の方になると、講堂のあちこちから啜り泣くような声が聞こえてきます。憚りなく涙を流す受刑者もいます。
そして刑務所を後にする時、「ありがとう。」という看守の方の言葉とともに、生徒一人ずつに森永のミルクキャラメルが手渡されました。
そんな一つ一つの光景が今でもはっきりと脳裏に焼き付いています。
そんな体験をさせていただいた静岡刑務所から再びボランティアのお話をいただいたというのは、やはり何かのご縁と考えるのが自然のように思いました。
3月から番組をスタートしたいということで、1月に刑務所に伺って打ち合わせを行いました。その時、所内の様々な場所も見学させていただきました。居房、作業施設、浴場などとともに、あの講堂にも案内されました。そこは小学生の時に感じたものより、遥かに狭い空間でした。
打ち合わせで、
などが決まりました。
書き忘れていましたが、私がこの番組のディレクターを務めさせていただいたのはもちろんですが、パーソナリティは当時、朝のワイド番組を担当していた寺田有美子さんが務めました。私から彼女には「この経験は、必ずやこれからのパーソナリティ人生の大切な糧になるはずだから。」と伝えたように記憶しています。
そして、番組タイトルは刑務所側の希望により『立ち直って欲しいあなたへ』と名付けられました。
いざ番組がスタートして目の当たりにしたのは、毎月のテーマに対して受刑者のメッセージが量、内容ともとても豊富で、しっかりと考えられて書かれているということ、そして毎回どんなテーマであっても、結局は自分の家族について触れられたものが圧倒的に多かったということでした。
変な喩えかもしれませんが、もし通常の放送で同じように毎回メッセージ・テーマを設けた1時間のリクエスト番組があったとしたら、最後に選んで放送するような、その日一番内容の濃いリクエスト・メッセージを、この所内放送では全編1時間全曲オンエアするという感じだったように思います。とにかく“重い”のです。箸休め的なメッセージや曲は皆無でした。
私と有美子さんは刑務所の事務室に午後5時半頃入り、担当の刑務官の方と世間話などをして、程なく放送室に入り、持参した簡易なミキサー、マイク、ポータブルCDプレーヤー2台、ヘッドフォンなどをセッティングし、ケーブルでミキサーと放送室の配線パネルを繋ぎ、午後7時を待ちます。
7時になると番組オープニング・テーマを流し、それに乗って有美子さんが時節に合わせた話題や、自分自身の周りで最近起こった出来事などを話します。そして、その日の1曲目のリクエスト・メッセージを紹介し、曲をかけます。番組中程にトレンド情報を3分程度紹介する以外は、ただただシンプルにメッセージとリクエストを紹介し、それに対して有美子さんが丁寧にコメントを添えていくのです。そして、エンディングで来月のテーマと対象工場を発表して番組を終えます。
刑務所内放送だからといって、有美子さんと私のテンションが普段の放送と変わるということはありませんでした。とにかくメッセージと曲を紹介し、それにコメントすることで、この月1回の「塀の中の放送局」からお届けする『立ち直って欲しいあなたへ』が、リクエストした本人はもちろん、他の受刑者にも何かを感じたり、考えたり、想いを馳せるきっかけになれば、と思って丁寧に番組を作っていくことだけを心掛けました。
残念ながら、受刑者がこの番組をどういう状態で聴いていて、何を思ったのかを知ることはできませんでした。そういう意味では不完全燃焼のTwo-Wayコミュニケーションだったと言えるかもしれません。
しかしある時、毎日新聞とテレビ朝日が、この静岡刑務所とK-mixの取り組みを取材したい、と申し出て下さいました。
新聞記事では、実際に記者の方が放送中の居室での受刑者の様子を伝え、テレビの方は、受刑者にこの番組を聴いて感じたことをインタビュー(モザイクをかけ、音声を変え)した模様が放送されました。
これは偶然ですが、この模様が紹介された朝のワイドショーは、赤江珠緒さんがメイン・キャスターを務めていて、実は彼女と寺田有美子さんは幼なじみでした。赤江さんもコメントでそのことに触れて下さいました。
私たちはこの新聞記事とテレビのリポートで、初めて自分たちの番組がどう受刑者に伝わったのかを実感として知ることとなり、素直に嬉しく思ったものです。
ところが、一方でこういうことも起こりました。
この所内放送の取り組みについては、K-mixから公式にプレスリリースしたり、WEBサイトに掲載したりすることはなかったので、一般リスナーの方々にこの件は知られることはありませんでした。しかし、テレビを見てこの所内放送を知ったある女性リスナーからこんなご意見をいただきました。
「罪を犯した者にK-mixが安らぎを与えるとはどういうことか?そんな必要はないのではないか?犯罪被害者の気持ちを考慮すれば、K-mixのやっていることは間違っているのではないか?」
これはあくまでも想像の域を出ませんが、文面から察するに、おそらくこの方は犯罪被害に遭われたか、もしくはご自分の身近な方がそういう経験をお持ちだったのでは?と思います。
これはとても難しい問題です。置かれている立場によってその捉え方は様々かもしれません。しかし、私は第三者として、「受刑者の矯正」という観点から、「自己と向き合い、家族のことを考える機会」として所内放送があるのであれば、それは公共放送が負う、公共放送だから可能な役目であるというひとつの確信めいたものがありました。これはK-mixが掲げる「地域への貢献、地域からの信頼」というポリシーに適うものではないかと・・・。
そう私が思ったひとつのきっかけがありました。
2007年3月、第1回の『立ち直って欲しいあなたへ』が終わった後、この取り組みの刑務所サイドの責任者である教育部長の方が我々の労をねぎらい、用意していただいたお弁当を食べながら、お話をする機会に恵まれました。その中で今でも深く私の脳裏に刻まれた教育部長の一言があります。
「罪を犯したという以外、彼らは我々と変わらない人間です。」
誤解を招きかねない言葉かもしれません。しかし、そういう考え方が根底にあるからこそ、受刑者に真正面から向き合えるのだろう、と強く思ったのも事実です。
『立ち直って欲しいあなたへ』はスタートから丸2年経った2009年3月に終了しました。一定のお役目を果たすことができたのではないか?という判断でした。
今、私は強く思います。またいつの日か所内放送や講堂でのイベントをさせていただける機会があれば、と。K-mixの若いパーソナリティやスタッフにとって、必ずや「放送とは何か?」「リスナーと向き合う、とはどういうことか?」を考える貴重な機会になると思うので・・・。
最後にこんなエピソードを。
2年間の放送中、実際のK-mixの番組宛に、出所した元受刑者という数名のリスナーからメッセージをいただいたことがありました。そこには月1回の『立ち直って欲しいあなたへ』を楽しみにしていたことや感謝の気持ち、そして二度と過ちを起こさないこと、家族を大切にしたいと思う気持ちが一様に綴られていました。
そしてある元受刑者は、メッセージをこう言って結んでいました。
「唯一残念なのは、『立ち直って欲しいあなたへ』がもう聴けないことです。」
こんなユーモアを言える方なら、きっと正しい人生を歩んでいけるだろう、と私は思ったのでした。
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