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今まで私はそれこそアイドルからクラシックまで、ジャンルに関係なく音楽に接してきました。仕事上でも20代の頃などはクラシックの番組を録音しながら、アイドル番組のスクリプトを書いたり、選曲するといった荒技も日常茶飯事でこなしてきました。
クラシック音楽愛好者の中にはそれ以外のジャンルの音楽を聴かず、それらを音楽として認めない、とまで言い切る方もいらっしゃいますが、私の考え方は全く異なります。
一言で言えば「音楽のジャンルに貴賎なし」というポリシーです。
「クラシックが一流で、アイドルは低俗で聴くに値しない。」ということなど絶対あり得ず、貴賎があるのはジャンル間にではなく、むしろそのジャンルの中自体にある、という風にずっと考えてきました。つまり、一流のクラシックと三流のクラシックがあり、一流のアイドルも三流のアイドルもいる、ということです。「何を以て一流とし、三流とするか?」はその聴き手の判断に委ねられるので断言できませんが、音楽ジャンルに優劣をつけることは愚の骨頂だと思っています。
さて、そんな考え方で色々な音楽に接してきた私ですが、「ジャズ」という音楽にも魅了されてきました。ジャズを「これがジャズという音楽なんだ・・・。」と初めて意識して聴いたのは15歳、中学3年生の時の音楽の授業でのことでした。
その日、音楽の授業が始まると先生はこう言いました。
「今日は教科書を使いません。これからあるレコードを一緒に聴きたいと思います。ジャズというジャンルの音楽ですが、ピアノ一台だけで演奏されます。このレコードはコンサートのライブ盤ですが、このピアニストは予め存在する曲を演奏するのではなく、ステージに出てきて、ピアノの前に座り、そして心に浮かんだ音楽をその場で音にし、紡ぎ出していくのです。だから、曲にはタイトルもありません。1曲が20分以上の曲もあります。そして1時間10分近くのコンサートで演奏される曲は、全てそうやって即興演奏されているのです。」
先生の話を聞いて、一瞬その意味が全く分かりませんでした。しかしよくよく考えてみると、17世紀から18世紀にかけてのバロック音楽の時代、教会のオルガン奏者でもある作曲家(その代表はヨハン・セバスチャン・バッハ)は、その場で与えられた1フレーズのメロディー(主題)を基に変奏曲(バリエーション)を演奏していたわけで、このピアニストがやっていることはそれに近く、200年以上の時を経て、音楽の最も根源的な発生方法に回帰していると言えなくもないな、と思ったのでした。
『ケルン・コンサート』とタイトルされた2枚組LPの演奏の主は、キース・ジャレット、その人でした。
1975年1月24日深夜、当時の西ドイツ、ケルンのオペラ・ハウスで行われたピアノ・ソロ・コンサートを完全収録したこのアルバムは、当時完全即興演奏の活動を精力的に行っていたキースのライブ・アルバムの中でも、特に高く評価されているジャズ史上に残る歴史的名盤です。
初めて聴くキースの音楽、演奏、そしてピアノの音色、響きはとても独特なものに聴こえました。このコンサートでの様々な裏話、アクシデント、最悪なコンディションについてはジャズ・ファンの間ではよく知られていますが、そんなことは知らない15歳の私には、クリアというよりは金属的な成分を持ちながらも、オペラ・ハウスに深く響くようなその音は、ピアノではなく、今まで聴いたことのない未知の楽器によるもののように思えました。そして、その放射されている音に自分の体が吸い込まれていくような感覚に陥ったのです。また時折聴こえてくるキースの唸り声もその音楽の一部のように思え、それは同じく演奏中に唸ったり、呟くような声を出すクラシック・ピアノの異端児、グレン・グールドにも通じるもののように思えました(後に知ることになったのですが、2人とも“演奏する姿勢の悪い(猫背)ピアニスト”という点でも共通しています)。
曲は全部でたった4曲。第一部は長大な1曲のみ、休憩を挟んで第二部では2曲が演奏され、比較的短いアンコール曲が最後に置かれています。
この音楽の授業での衝撃的な出会いにより、それ以来私はソロ即興演奏に限らず、キース・ジャレットの様々なスタイルの演奏を貪るように聴くようになりました。そして、ある意味クラシックのピアニストより、余程クラシックぽいアーティストだとも思うようになったのです。すると、程なくキースはジャズ・ピアニストとしての活動と併行して、バッハやモーツァルトといったクラシックの作曲家の作品を弾き、レコーディングするようになりました。「ジャンル」といった枠組みなど自分には関係ない、と言わんばかりに・・・。
様々なジャンルに様々なピアニストが存在しますが、私がピアノという楽器、その音色、響き、演奏について最も大きな示唆を与えられたのはキース・ジャレットです。
思えばピアノ、特にコンサートで使用されるような大型のグランド・ピアノ、そしてパイプ・オルガンは他の楽器とは異なり、演奏家は自分が愛用している楽器を携えて演奏会に臨めるのではなく、会場備え付けの楽器で演奏することを強いられます(今は亡きイタリアの巨匠、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリのように、それが日本であろうと自宅から愛器を空輸して持ち込む、という強者もいましたが)。しかし楽器が同じであっても、それを弾くアーティストによってその音色と響きが違ってくる、という現象が起きるのです。パイプ・オルガンは「ストップ」という仕組みで演奏家が音色を選択することはできますが、ピアノはそれができません。
実は今年3月2日に開催した「K-mixアーティスト ひな祭りコンサート “ピアノのまちからこんにちは”」を私が思いついたのは、「K-mixには素敵なピアノ弾き語り女性シンガーソングライターがたくさんいるから」というのがもちろんその最大の要因ですが、それと並んで「同じピアノを7名が弾いても、きっと違う音色や響き、表情が表出され、その違いは思った以上に多くの人に分かるのではないだろうか?」という推測によるところが大きかっように思います。
事実、コンサートにお越しいただいた方々のアンケート回答や、各アーティストの番組宛に送られてきた感想メッセージにも、その「違い」を指摘しているものがたくさんありました。
さて、話をキース・ジャレット『ケルン・コンサート』に戻しましょう。
今お話ししてきたようなことを改めて思うと、このアルバムとの出会いがあったからこそ、「ピアノのまちからこんにちは」という企画を思いついたのかもしれません。
「キース・ジャレットの『ケルン・コンサート』なんて聴いたことがない。」という方も大勢いらっしゃるでしょう。
でも、実際はそんなことはありません。
日頃からK-mixをよくお聴きいただいている方はきっと耳にされているはずです。
というのも、来年2月29日に開催される『ピアノのまちからこんにちはVol.2』の開催告知スポットCMや、昨年のコンサートを収録したDVD『A Day Of HELLO FROM THE PIANO TOWN』の販売告知スポットCMのBGMに使用しているのが、『ケルン・コンサート』の最後の1曲、アンコールされた曲(便宜的に『Köln, January 24, 1975 Part IIc』とタイトルされています)だからです。キースの心の中にあるものが自然に流れ出るように始まるこの曲は、「ピアノのまちからこんにちは」のコンセプトに重なるような気がします。
DVD、そして2月29日のコンサートで、アーティストたちがKAWAIの名器「Shigeru Kawai SK-5」から紡ぎだすピアノの音色と響きの奥深さに、是非耳を傾けてみてください。
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